2006年11月27日月曜日

東京タワー オカンとボクと、時々、オトン   リリー・フランキー

18日にドラマがあるからって言って本を買って、結局読みきらずに今までかかりました(泣)当然、ドラマはまだ見てません

田舎で母親と暮らす「僕」が東京に出て、再び母親と暮らし、そして別れる・・・というような筋です。

帯や宣伝で、
母親とは何なのか、家族とは何者か、考えさせられた、
というようなコメントを多く見ましたが、確かに家族の絆みたいなものを強く感じさせられました。

いつもそこにあるし、御礼は言い尽くせないけど、お返しはまた明日でもいいか・・・と、ついついおろそかにしてしまいがちな関係性。それでいて、友達や知り合いなどとは比べものにならないくらい深い付き合いをする・・・

なんか、言葉にしていくのがとても難しい。


この本を読んで、自分の母親のこと、祖父母、弟のことを考えました。(何故か父親のことは後回しになってしまった・・・)
私は、「ボク」ほど母親を大切だとは考えていないような気がする。まだまだ健康だし、帰省すればいつでもあえる。メールもする。電話も、たまにする。ほんとに、意識的になったことはない。確かに、大阪に来たときなんか、一緒に観光したりするし、それなりに孝行はするようになっているとは思うけど、ちゃんとわかってやっているかといえば、そうでもないと思う。
メールの返信も鈍い、就職はしない(笑 いや、就活はちゃんとしてますよ、ご存知のとおり)
でも、まぁいいか、で、終わっちゃうんですよね。許してもらっちゃう。
結局、いつまでたっても子供なんですよね、お恥ずかしい話。

何か、改まって何かするのが、気恥ずかしい、そんな感覚。
たぶん、皆さんも一緒だと思います。

まあ、そんな風に考えている私なので、家族のことについては人に何か言えるわけではないので、このあたりで、黙ることにいたします。

東京タワーは東京のシンボル、そして、日本の中心。
でも、昔と比べて高いビルに埋もれることが多くなったらしい。昔ほど、権威的・威圧的・神聖なものとは見えなくなった、と、私の祖母は言っていました。

昔と比べても、ずいぶん東京は変わっているんだろうなぁ、そして、これからもどんどん変わっていくんだろう。
そんな日本で、我々はどう生きるのだろうか・・・

でも、まずはドラマを見なくっちゃ・・・

2006年11月14日火曜日

「超」手帳法   野口悠紀雄

2ヶ月かけて読み通しました。
夜勤の仮眠時間を割いて、バスに酔いながら、満員電車で揺られながら、少しずつ少しずつ・・・

愛用する、「超」整理手帳の作者というだけあって、なるほど、と思うところがいくつかありました。

これまでの、「超」整理法の延長が多かったので、「あぁ、聞いたことある」という内容も多かったのですが、13年もたって時代・社会の変化によって変わってきたことがいっぱいあったんだな、と気づかされました。

もちろん、野口氏自身の変化もあるだろうし、仕事の違いもあるだろうし、何より、私は仕事に就いたことがないので、わかっていないこともいっぱいあるんでしょうけれど、野口氏の、時代を捉える目が本当に鋭いものだと感じました。
自分も鋭い視点で現実を切り取って、注目されたい・・・とは思うんですが、そう簡単にはいきません。
・・・そう簡単にいくなら、卒論や宗論は、本当に簡単に進むのに・・・

手帳法に関連して、メモの仕方、タスク管理など、仕事の仕方にも言及してあります。それが、本当にうまい。

全く始めていない<ちょっと始めた<8割出来た<完成

という図式は、まさにそのとおりだと思いました。卒論のとき、本当に、始められなくて困ったのに、ちょっと手をつけたとたん次々と進んでしまった思い出があります。

そして、最後に「超」整理手帳を紹介しています。
もちろん作者ですから、そこまではけなしません。でも、ユーザーとのコミュニケーションの中で、さまざまな課題も浮き上がっていることは書いています。

8週間分という長期間を俯瞰できるシステムのため、1日分のスペースが少ないこと、
一般の手帳より大きいことなどです。

最初からこの手帳を使っている私にとって、この2点はそんなに大変だとは思いません
でも、確かに、ほかの手帳と比べると大きいし、予定がたくさん入る人は大変かもしれません

しかし、第1点については「スケジュール帳は、大切な仕事を集中してするために時間を確保し、真っ白にするのが目的」ということなので、少なくとも野口式に使うとすると問題ない、ということなのかと思いました。

ちなみに、私もこの手帳大好きなので、皆さん、ぜひ使ってみてください。
幸運にも手帳の買い替え時期なので、皆さん、どんどん使ってください。