図書館戦争以来、というか、それよりも前からか
有川浩が、自衛隊とか軍モノを扱うようになったのは
正直、図書館戦争を読んでインパクトを受けてしまった私は、「自衛隊」と聞いても正直緊迫感はあまり感じられないのですけど、ほんとの自衛隊員とその家族は、「有事」に備え、覚悟を決めていることが、伝わってきました。
この本はタイトルのとおり、恋愛小説で、ここは実はわき道かもしれませんが、逆にそれが本筋のストーリーを強めてくれます。
「自衛隊員」に対する偏見というか、先入観みたいなの、誰しもあると思います。
自衛隊員といえば、軍隊らしくきびきびしてる、とか、怖い、とか、わらわない(笑)とか?
実際はもちろん、人間らしく、砕けたところもあるだろうし、人間味あふれた集団なのでしょうが
こういう話は、たいていそういうイメージと現実(あるいは物語)のギャップを使って話を作るところが多い(のではないか)と思うんですが、
この本では、自衛隊という特殊な世界は前提としてあるものの、書かれているのは割と普通の(?)人間模様です。
そして、その特殊な世界に身をおいているからこそ,描かれる恋愛や考えが映える
隊員同士の結婚はいいが,子を持つなら自衛隊の共働きはやめたほうがいい
この発言の真意に、ドキッとしました。
自衛隊員でなければ、そうでなくとも、危険な思いをして生きていなければそもそも考えない発想が、ここにありました。
詳しくは本書を読んでもらうこととして、
やっぱ有川浩いいわー
2008年8月5日火曜日
異文化の語り方 あるいは猫好きのための人類学入門 中川敏
大学のときに結構好きだった先生の著書。
授業の仕方(特にしゃべり方)と授業内容が面白くて、とっても良かった。
2冊セットになっているうちの片割れです。
文化人類学ってどんな学問?
こんな疑問に立ち向かっている本です。
あ、この中川先生、文化人類学専門の教授です・・・タイトルからわかるか。
うん。やっぱり面白い
大学で文化人類学をやらなかったのを後悔しそうなくらい、面白い。
文化が違えば言葉が違う、言葉が違うから分かり合うのがものすごく難しい。
何で難しいかっていうと、
言葉がわからないからではなくて、
言葉の背景にあるシステムが違うから。
言葉を使うって、思っている以上に使い方に制約がある。
文法や存在する単語そのものにもよるし、その言語圏の文化や社会制度にもよる。
インドネシアのエンデでは、もののやり取り(売る・買う、交換する、与える、共有する・・・)が、血縁関係になるという不思議な感じの制度も出てきます。
が、文化人類学は科学の科学、というスタンス、これがいい。
これが面白い。
異文化理解は、その文化について説明すること
こう聞くと、なんかたいしたことには思えないけど、異文化を自分の言葉で語ったときに、それはもとのものとはまったく違ったものの語りになってしまっている。それをどうやって人に伝えようか、ということです。
身近なことでいえば、例えば自分がものすごく感動した経験について人にしゃべろうとしたけど、なかなかうまく伝えられない。
そんな感じ
そんな、自分がしゃべってしまうとぜんぜん違うものになってしまうようなものについて語ること
これを述べている本です。
簡単に言えば、それぞれ独自のしゃべり方のルールや切り口があるから、そういう完全な説明(≒翻訳)は出来ないんじゃない?ていう疑問です。
そこから始まって、いつの間にか人は人と普段どのように話しているか、そういう分析までしています。
ある意味しゃべり方入門です。
ゆっくりと丁寧に、わかりやすく噛み砕いて説明してくれるこの本の語りは、本当に好感が持てます。
文化人類学なんて、と思っている人もぜひ読んでみてください。
文化人類学、なんて大仰に考えず、個人的な経験など、うまく伝えられないことをどうやったらうまく伝えられるか、あるいは、うまく伝わらない時のもどかしさを軽減させる方法を、この本では得られるでしょう。
授業の仕方(特にしゃべり方)と授業内容が面白くて、とっても良かった。
2冊セットになっているうちの片割れです。
文化人類学ってどんな学問?
こんな疑問に立ち向かっている本です。
あ、この中川先生、文化人類学専門の教授です・・・タイトルからわかるか。
うん。やっぱり面白い
大学で文化人類学をやらなかったのを後悔しそうなくらい、面白い。
文化が違えば言葉が違う、言葉が違うから分かり合うのがものすごく難しい。
何で難しいかっていうと、
言葉がわからないからではなくて、
言葉の背景にあるシステムが違うから。
言葉を使うって、思っている以上に使い方に制約がある。
文法や存在する単語そのものにもよるし、その言語圏の文化や社会制度にもよる。
インドネシアのエンデでは、もののやり取り(売る・買う、交換する、与える、共有する・・・)が、血縁関係になるという不思議な感じの制度も出てきます。
が、文化人類学は科学の科学、というスタンス、これがいい。
これが面白い。
異文化理解は、その文化について説明すること
こう聞くと、なんかたいしたことには思えないけど、異文化を自分の言葉で語ったときに、それはもとのものとはまったく違ったものの語りになってしまっている。それをどうやって人に伝えようか、ということです。
身近なことでいえば、例えば自分がものすごく感動した経験について人にしゃべろうとしたけど、なかなかうまく伝えられない。
そんな感じ
そんな、自分がしゃべってしまうとぜんぜん違うものになってしまうようなものについて語ること
これを述べている本です。
簡単に言えば、それぞれ独自のしゃべり方のルールや切り口があるから、そういう完全な説明(≒翻訳)は出来ないんじゃない?ていう疑問です。
そこから始まって、いつの間にか人は人と普段どのように話しているか、そういう分析までしています。
ある意味しゃべり方入門です。
ゆっくりと丁寧に、わかりやすく噛み砕いて説明してくれるこの本の語りは、本当に好感が持てます。
文化人類学なんて、と思っている人もぜひ読んでみてください。
文化人類学、なんて大仰に考えず、個人的な経験など、うまく伝えられないことをどうやったらうまく伝えられるか、あるいは、うまく伝わらない時のもどかしさを軽減させる方法を、この本では得られるでしょう。
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